はい、こんにちはー。
今日は体づくり、ウェイトトレーニングについてちょっと語りますねー。
体に投資することが大事、なんて昨今は言われていますが、そういう話を聞いてジム通いとかをする人もねー、そこそこ多いのかなと思いますけれど。
ベンチプレスを何Kg挙げたとか、デッドリフトを頑張ってますとか、筋力増大系トレーニングに励むとねー、エネルギーの発散になって良いとか思いがちですよね。
なんですがね、このブログを読んでくれる人たちにはウェイトトレーニングはちょっと待ってほしいなーと思うんですよね。
といいますのも、あんまり体のことをわからないままトレーニングをするのは、自分の幸福とか健康とか夢をかなえるとか、そういう面からしたら逆効果になりがちなんです。
体は資本って言葉もあるように、体ってものすごく大切なんですね。でも心とか知識とかマインドとか脳とかを説く人たちの中には、体のことにものすごく無知だったり、まったくスルーして重要視できていない人らも多いです。
体育会系のしごきやハードトレーニングをしすぎて、体を壊してしまいました。みたいな人の失敗談とかって、そこそこあるじゃないですか。
で、「いやいや、私は意識が高いので、きちんとしたパーソナルコーチをつけています」とか「オリンピアンを輩出したジムの人に習ってます」みたいな人もいるかもしれませんが、実を言うとまだまだ、体のことを理解できている人というのは少ないんですね。
トレーニングの資格があったり、有名な選手を輩出しています、みたいなとこの人も、「え、ぜんぜん体の仕組みとかわかってないじゃん!」というのがザラにあったりしちゃいます。まぁ、こうしたことも自分で体を成長させていくとわかっていくんですが。
でね、自分の願いやそれをどうやって実現するかとか、体に対するアプローチって色々あると思うんですが、強くなろうとしたり能力を増やそうとしてウェイトトレーニングを一生懸命打ち込もうとしている人がいたら、ちょっとオススメできないぞってことですね。
というのも単刀直入に言ってしまうと、体を機能的に、よく合理的に強く使おうとすると、人間は傾向的にちょっと細くなるんですね。体に長さが出るんです。
一般的には、マッチョみたいな体を作った方が強くなると思うじゃないですか。格闘家とかプロレスラーとか、見栄えがすごくいい感じで見せられてるんでね。ボディビルダーとかね。
ですがこれは勘違いで、実際には「強そうに見える」ことと、構造的に機能的に優れているかってことは別なんですねー。むしろ、実際には、体の機能が高まってくると、人は一見、脆く弱そうに見えてくる傾向があるんですねー。
というのも、体は地面からの反力を得て、重力との釣り合いで動いているものなんです。「地面からぶら上がっている」、なんて言ったりもします。いろいろな武術でも、地面から上手く力をもらって戦おうとか、重力を使おう、なんて教えがありますがね。
うまく体が地面からの反力を得て、重力が体を通り抜けられるようになるほど、体の機能は活性化されます。上手く重力が通るような構造の肉体を用意できるほど、体は拡張し、縦に伸びます。
ですが、余計な圧縮している部分を身体に作ってしまうほど、重力が通りきらずにこれが果たされません。素人がこうした知識なしにウェイトトレーニングしても、余計な力みやこわばりを身体に作って、かえって体を悪くしてしまったりするんですよねー。
とあるボディワークを作った人なんかは、ボディビルダーみたいな人を指して「体を水分で膨らませているだけ」「不幸な状態」などと、結構厳しい言葉を残しています。伝説的な武術家なんかも、ウェイトトレーニングをしていた弟子を激しく叱責したなんて話もありますしね。
「いやいや、NBA選手とかプロ格闘家とか、ウェイトしてるじゃん」なんていう人もいるかもなんですが、スポーツで鍛えているのは、競技に合わせた特異な動き方だったりするんですね。
アームレスリングのチャンピオンの体が機能的だとは限らないように、ボクサーの腹筋を固めまくった体が機能的とは限らないように、その競技で上手くいくための特異な体づくりやトレーニングが、日常生活の土台である本来の体の機能を高められているとは限らないってことなんです。
思考や想像というのは、実は脳だけでしているのではありません。脳と体のオーケストラによって意識が生み出され、合理的な思考や判断、斬新なアイディアが閃きます。そして、そうした能力を発揮する自分になるには、強ばりや歪みや硬さを生みだしがちなウェイトトレーニングは別に必要ないんです。
むしろ柔らかくて弾力があって、平均的に拡張していく体の方が望ましく、自分の望みを叶えようと思ったら、そうした体を目指していくことになるんですねー。